二重の歴史
諸説ありますが、日本では室町時代や江戸時代から二重まぶたは色っぽくて美しいものだと捉えられていました。
ただし、二重の目をした女性は当時身分の低い扱いだった芸者に向いているなど、ネガティブに捉えられる要素もあったようです。
いつの時代も二重まぶたが醜いものだと捉えられることはなく、近代化するにつれて二重へ対する評価が高まっていった歴史を持ちます。
そして昭和後期以降は、化粧品と美容医療(整形外科)が進化を遂げ、まぶたの形へ強いこだわりを持つ人が増えていきました。
雑誌やインターネット、YouTube動画、韓流アイドルの躍進などの影響から、流行や好まれた二重の形が年代によって変化しています。
明治以前
明治時代になり海外の文化が普及する前の日本女性は、お歯黒や剃り眉などの化粧を行っていました。
目元の印象が弱まるほどインパクトが強い化粧をする文化があったため、まぶたの形状に関する重要度は低かったです。
ただし、江戸時代以前から「二重まぶたの女性は色っぽい」などの内容が書かれた文書が多数残されていて、少なからず二重は美の象徴として捉えられていました。
明治後期から昭和初期
欧米の文化が普及するにつれて、二重が美しい外見の象徴として浸透していきます。
当時開催されていた国際的な美人コンテストの審査で二重まぶたが高く評価されたことや、写真の普及によって美しい女性の姿を比較しやすくなったことが関係しています。
また、当時の女性は巻髪が定番で、おでこを出す髪型を理由にくっきりした二重まぶたが流行していました。
昭和(戦後)
戦後の日本はアメリカ文化が従来以上に浸透して、化粧のやり方が現代に近づいていきます。
アイドル文化が始まったのもこの時期ですが、昭和のアイドルは前髪のある髪型が流行していて、松田聖子や山口百恵など一重まぶたのトップアイドルも多数いました。
前髪でおでこを隠すヘアスタイルが人気で、化粧によって目元の印象を変えられる要素が少なかった時代の影響もあり、まぶたの形へ注目する動きは少なかったです。
1990年代
1990年代になると、マスカラなどで目元を明るくする化粧が流行してギャル文化が普及します。
当時のカリスマ的存在は安室奈美恵さんで、くっきりな平行型二重が人気の形です。
まぶたの形を変える整形手術が普及していき、一重まぶたや奥二重の方がコンプレックスを抱くケースが増えていきます。
2000年代
2000年代になるとアイプチや切らない整形手術(プチ整形)が普及して、一重から二重になろうとする人が増えます。
美容技術が進化を遂げた一方で、不自然なくっきり二重は手を加えたことが分かってしまう理由でネガティブに捉えられるようになります。
2000年代の流行は自然な形の二重で、末広型二重や奥二重の人気が高まりました。
2010~2020年代
流行がめまぐるしく変化していきます。
YouTube動画や化粧の解説サイトの普及。さらにはマスクの着用義務によって高まった目元の印象によって、女性における目元の美しさは大幅アップしました。
目の形状や輪郭に適した二重や化粧が好まれるようになりましたが、その中でも韓流アイドルの影響によって末広型二重の人気が高まりまっています。
従来は大きい目が好まれ、二重は目を大きく見せる必須条件でした。
昨今は細い目でも切れ長のメイクをして、スタイリッシュに見せるスタイルが人気です。
ただし韓国などの海外と比べて日本は一重と一重に近い奥二重の人気が低く、二重整形の需要は現在も高まり続けています。